2015年5月30日土曜日

水俣市立 水俣病資料館 ①






次は有名な水俣病を見に行く。




以前から興味はあって書物や写真集を見ていたんやけど・・

フクシマの人災があってからまた読み返した。


ホンマ共通点も多いなぁ。



御用学者が出てくるのも

風評被害と言って被害を拡大する所とかも・・


ことごとく似通ってるんやね。






故にこの旅に組み込んだ。








そういう意味で九州は世の中の不条理が多く詰め込まれているんかもなぁ。。


特攻基地が20箇所以上もあり、

最悪の公害病である水俣病も引き起こした。






保坂正康著 

「特攻」と日本人 にはこう書かれている。


どのような時代にも不条理なことはある。

どう考えても妥当性が感じられない時代に身を置いているとの自覚をもつことがある。

自らの不満や不安が消え失せない時代はいつもある。

しかし、国家が一方的に戦争を始めておいて

その責任を青年に回すということほど理不尽なことはあるまい。

特攻隊員とはそういう理不尽さや不条理を直接引き受けた人たちである。


彼らは、(国が、軍事指導者が 死を強要する) このような時代に生きたいと思っただろうか。

むろん彼らはこうした状況を受け入れたくないと思いつつ、

最後は諦観の境地で受け入れたことだろう




国や企業って庶民を利用する事しか考えてないからなぁ。




理不尽といえば

戦争、徴兵もそうやけど・・

公害病で言えば代表的なのはこの水俣病かなぁ。


推定20万人以上の患者が居て

認められて保証を受けてるのはごく一部。

50年以上経ってるのに

いまだに何個も裁判してるんやなぁ。



特攻隊にしても何にしてもすべてはつながってるんやなぁ。

これが日本という国やなぁ。












義足とか作ってる。










出水市から水俣市へ







海が見える。






またどう考えてもおかしな道に連れて行かれる。

どうも10年以上のナビが悪いのか何なのか?







誰も来ない農地の奥に 玉がいっぱい。






何の意味があるのかさっぱりわからん。。






玉はなんか猛毒な水銀に見えたわ。






調べてみるとココは水俣メモリアルという場所らしい。


水俣病資料館と環境センターとの裏にある。


水俣メモリアルは、

1)水俣病により犠牲となられた方々に対しての慰霊・鎮魂

2)水俣病の経験を踏まえ、災禍を再び繰り返さないことの祈念

3)水俣病の教訓を後世に伝えること

以上を目的として、水俣病公式発見から40年目にあたる平成8年(1996)に完成しました。
作者はイタリアのジョゼッペ・バローネさんです。

平成9年(1997)から17年(2005)まで、水俣病犠牲者慰霊式(5月1日)が開催されました。

■水俣メモリアルは水俣病資料館に隣接しています。

敷地面積(約3,000m2







これを見て想いを馳せろと言われてもなぁ。。

保証すらまともにせんのに無駄な施設やハコモノは相変わらず好きやねんなぁ。









30年以上垂れ流し、水銀のヘドロが4mも積もった不知火湾

一見は綺麗やけど今も食う気はせんなぁ。



それはトリチウム流してる原発村の魚と同じ感覚やなぁ。







ホンマは誰も来て欲しくないねんけど・・

市としては作っとかなアカン・ちゅー事で



水俣の患者が来れないように山の上に作りました!・という感じが正直するなぁ。







くまモンで子供たちを洗脳するのダ!






色褪せて見えんわ。。






チンバ殺しの坂。





いってらっしゃい♪


やかましいわワレー、、

ああ、しんど。。





ああ、、さっきの玉。

水俣病の重症患者や死亡者に明日なんてあるかいな・ボケ!




ハァハァゼーゼー。。

文句たれながら歩く。






やっと到着。

上に駐車場くらい作っといて欲しいわ。





アフロ...




はいはい。






税金で建てた立派な建物。




さすが


加害者側ダ!




後で別の場所で被害者側資料館も出て来マス。

そのボンビーさ加減に涙が出るんヨ。。







ちょっとしか来とらんやんけ。






今も苦しんでる人が多々居るのにもう。。





起きたことに学び・・



今も認定せず逃げ回ってる企業と国と市。






もう終わったみたいやなぁ。






海はこたえた

人々の熱意と努力

祈りに




汚れた海を強制的に埋め立てたんやないの。

ホンマ凄いなぁ。


東電の無主物みたいやなぁ。。







これは展示物にも期待が持てそうやなぁ。。









長く一緒に居ると伝染って来たかなぁ。。






お。




編集済み





大仏様の金メッキで人が死ぬ?



なんかNHKばりのヤラセみたいやなぁ。。



ちょっとくらいの被害は経済と比べたら・・どーちゅー事おまへん、、


・と聞こえてまうなぁ。。





水銀中毒にされて、身内殺されてそんな事が言えまんの?



書いた人の名前が無いナァ。




普通の人は感動すんのかなぁ?

アホクサ。。






ヤラセとしか思えない心の汚い大神戸。






う~ん。

さすがチッソ城下町。

原発村と同じ縮図。



違ひはアトムが出て来ないだけかもなぁ。







つづく











2015年5月29日金曜日

海軍航空隊出水基地 ② 戦闘指揮所地下壕




2015年 4月24日


朝、目覚めた。

今日も生きとんナ、、。



いつか目覚めない日も来るから今日も精一杯楽しまんとね。

しかし昨日もよく呑んだなぁ。。。







下の英語訳がちゃうと思うけど。






場所は出水自動車教習所の裏になるのかなぁ。



鹿児島県出水市上知識町450









朝飯はいつもの牛丼マップというアプリで探して

たまごかけごはん+大盛り+豚汁。


・と行きたかったが・・

近くに無かったんでコンビニで。




コレ旨いなぁ。。。







この中に居ってグラマンに機銃掃射されたら大変やったやろうなぁ。






朝飯食って帰って来たら開いとったわ。






出水基地の戦闘指揮所である地下壕


昭和19年・・敗色濃厚の頃やね。。。






お辞儀をして入る。






昔のコンクリートは川から玉砂利や砂を採ってるんで塩分が無く長持ちする。

物資の少なかった昭和19年でも。


去年行った大正時代に日本で初めて建てられたコンクリのアパートでも

周りの建物より状態が極めて良かったもんね。











そこそこ大きな壕やね。






九州には20箇所以上の特攻基地があったんやけど。

ここ出水にも第二出水基地入れて2箇所あった。



燃料が枯渇した大戦末期でも精鋭部隊が駐留してた為に演習も出来ていた。





地下壕に降りる階段









爆風よけか真ん中で90度に折れてる。






曲がって下る。






降りた部分は通路






行き止まりの左手に・・






入口がある。







終戦の詔書



難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス





現代語訳








串良みたいに壁はまっすぐで、天井がカマボコ型でなしにトンネルみたいな形状をしてる。










入口を振り返る。






幅はあまり大きくはない。






隣の通路につながる換気口かなぁ。






木枠が埋まってる。



盗み・かなぁ。









厚さは1.5mほど。

串良は南の前線基地やったからか2mほどあったね。











今じゃこんな日本人が居るんやからねぇ。

非国民ぢゃ。。






分厚い。













天井にも盗みが。

照明を付けてたんやと思う。






ヒンヤリして涼しい。











赤とんぼの尾翼







これで特攻に行かされた人も居る。


実戦機が不足して、練習機や旧型機にも爆装して出撃する有様で、

特攻隊員の中に「あれでは目的地までいきつけない、まるで自殺とおなじじゃないか」

と語られていた。 








奇跡的に成功例もあった。










航空機の外板も置いてある。






 昭和20年4月16日、

出水基地上空の空戦で被弾墜落した松島空所属の九六式陸上 攻撃機の主翼の一部






櫓木山中に眠る十勇士の霊 






弾痕がある。。






地下室なんでポンプで水を汲み上げている。












横の通路兼空気孔は浸水のために閉鎖されてる。






明かりが無いとホンマ暗いね。。






部屋出て左がまた別の階段






若者が命を散らしている時に

偉いさんはココで安全やったんやなぁ。








出口を目指す。






途中で90度に曲がってる。











後ろを振り返る。



女学生も先生に連れられて見学してた。

GHQの洗脳教育はアカンけど。


命や平和の尊さはしっかり教えたってや。。。







登る。







途中の踊り場で低い姿勢で出口を見る。






振り返り登ってきた階段









出た。






大きさが分からんやろから悪魔で。






う~ん。







Funnyさんと同じでよけい分からん。。







まぁこんな感じで公園の裏に出るんよ。







道路際からやから・・結構距離あるなぁ。









また戻る。




















ここには扉が付いてたんやね。

入口低いなぁ。








ものさしにされて嫌そうな悪魔。。

チャッチャとやらんかいボケッ♪
















ここでまた特攻機の突入の無電を聞いてたと考えたら・・






複雑やわ。。


十代や二十代前半の尊い若者の命が露と消えた。

じじいから行くべきやね。












チンバ登る。













・・・・・





今回色々想うところがあったやろなぁ。










その割に浅いBlogなんやけど..。






ホンマ平和がエエよ。

















奈良の宗教市からか。







この基地からは沢山の銀河という新鋭の爆撃機も多数出動した。





特攻...




もう何も思うまい何も思うまいと、思うほどこみ上げる父母への思慕、故郷の山河。
今生の別れの瞼にうかぶ月影淡く孤独を伴に無量の思いを抱き、
唯ひたすら沖縄へこの胸中いかにとやせん。
ああ途絶の死真に痛恨の極みなり









彼らが願った立派な国になってるんだろうか....。